2025.05.31
仕事の仕方
「問いかけ」で部下の成長を促すコーチング。その実践には、マネージャー自身の姿勢と準備が問われます。本稿では、現場で成果に結びつくコーチングの押さえ所を再定義します。
現代の組織において、部下育成やチームの力を引き出す手法として「コーチング」が改めて注目されています。「コーチング」は時間がかかる、スピードを発揮するには指示命令形のマネジメントがよいとされていた部分がありましたが、変化の激しいビジネス環境の中で、自律的に動く人材の育成が求められています。そうした背景のもとで、「考えさせ、引き出す」支援型の関わり方が改めて必要になってきたのです。
コーチングという手法自体は決して新しいものではありません。2000年代以降、多くの企業が人材開発の手法として取り入れ、一定の効果を上げてきました。ただし、当時から、現場の声としては「うまく機能する上司と、そうでない上司の差が大きい」という課題も耳にしていました。
こうした現象の背景には、コーチングを単なる「質問テクニック」や「傾聴スキル」として形式的に取り扱ってしまい、本質を理解しないまま運用しているケースが多いことが挙げられます。本来のコーチングとは、相手の中にある答えを信じ、思考のプロセスを支援する関わり方であり、上司自身の構えや信念が問われる行為でもあるのです。
コーチングと対比される手法として「ティーチング」があります。ティーチングは、経験や知識のある上司が、正しいやり方を明示し、手順を伝えるスタイルです。特に新入社員や業務未経験者に対しては、短期間で成果を出すための有効な手段となります。
一方で、コーチングは相手の思考力や主体性を引き出す手法です。「答えはその人の中にある」という考え方に立ち、問いかけを通じて自ら気づき、行動へ移すことを支援します。中堅社員や管理職のように、一定のスキルや経験を持つ人材に対しては、むしろティーチングよりもコーチングの方が適している場面が多くなります。
このように、ティーチングとコーチングはどちらが優れているかではなく、「状況や対象によって適切に使い分ける」ことが重要です。
「コーチング」が良いのか、「ティーチング」が良いのか、育成手法の選択を考えるうえで、1つの有効な視点が「モチベーション」と「業務スキル」のマトリクスです。スキルが高く、モチベーションも高いメンバーには「コーチング」が有効です。彼らは自ら成長したいという意欲を持ち、方向性さえ示せば自走できる可能性が高いからです。
逆にスキルが低い場合は、まずは基本的な業務知識や進め方を伝える必要があるため、「ティーチング」の方が有効です。また、モチベーションが低い場合は、いずれの手法も成果に結びつきにくくなり、まずはカウンセリング的な関わりで話を聞き、関係性を築くことが先決となります。
このように、相手の状態に応じて、どの育成アプローチが適しているのかを見極めることが、効果的な人材育成の第一歩となります。部下の力を引き出すことは、単に「聞く」や「待つ」だけでは成し得ません。ティーチング、コーチング、カウンセリング、それぞれの目的と機能を理解したうえで、状況に応じた適切な使い分けができること。これが、これからのリーダーに求められる育成力の本質です。
コーチングを現場で活用するにあたっては、単なるスキルや会話術として捉えるのではなく、「構造化された関わり方」として理解し、仕組みとして運用することが重要です。特に忙しい現場では、上司・部下ともに時間的制約があるため、再現性のあるフレームで設計することが成果につながります。
コーチングの基本フレームとして広く活用されているのが「GROWモデル」です。以下の4つのステップから構成されており、会話の流れを論理的に整理しやすいのが特徴です。
このフレームは、コーチング初心者にも扱いやすく、また上司部下間の1on1ミーティングにおいても「進め方の型」として活用できます。特にO(Options)の場面では、上司が答えを与えるのではなく、部下に「自分なりの手段や打ち手」を考えさせることがポイントです。
ただし、フレームや質問集に沿って形式的にコーチングを進めても、相手に変化が起きないケースも少なくありません。その理由は、「相手を変える前に、自分が変わる」という前提が抜けているからです。
コーチングとは、本来「相手の可能性を信じる姿勢」が出発点です。つまり、問いかけのテクニック以前に、上司側に「この人ならできる」という信頼と、「答えを導ける力がある」という尊重のマインドがなければ、部下の心には響きません。
また、忙しさにかまけて「会話をこなす」ことが目的化してしまうと、かえって信頼関係が損なわれる危険もあります。形式をなぞるのではなく、「何を支援したいのか」「なぜそれを問うのか」という意図を持った関わりが、コーチングにおける本質的な価値となります。
実践でコーチングを根づかせるためには、「個人のスキル」ではなく「組織としての習慣」に落とし込む必要があります。たとえば、以下のような工夫が現場では有効です。
こうした「場の習慣化」と「型の再現性」が合わさることで、上司が替わっても、現場の対話が途切れず、組織全体の自律的な学習サイクルが回っていきます。
最後に大切なのは、「コーチングとは、上司自身も問われるプロセスである」ということです。部下に問いかけるからには、自分も同じように変化に向き合い、実行する覚悟が必要です。
たとえば、「あなたはどう考える?」と問う前に、「自分だったらどう動くか」「何を伝えるか」を内省しているかどうか。コーチングとは、部下との対話を通じて、上司自身のマネジメントスタイルを更新し続けるプロセスでもあるのです。
だからこそ、形式的なフレームにとどまらず、「なぜ対話するのか」「何を信じて向き合うのか」を、上司一人ひとりが自ら問い直すこと。それが、組織にコーチング文化を根づかせる第一歩になります。