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変化の時代に問う「中期経営計画」の意味──計画から対話へ、進化する経営の設計図

2025.06.02

経営戦略・組織戦略

市場環境の変化が激しさを増す中で、「中期」という時間軸が持つ意味が変わりつつあります。従来の数値計画型から、柔軟な戦略設計の起点として中計を捉え直す動きが求められています。

目次

  1. なぜいま「中期経営計画」の再定義が必要なのか
    1. 中期という時間軸が持つ意味の変化
    2. 不確実性の時代における中計の限界と可能性
  2. 「中計=数値目標」からの脱却
    1. 精緻な計画が抱えるリスクと負担
    2. 変化に強い中計のつくり方とは
  3. 中長期テーマを扱う組織の常設化がもたらす変化
    1. かつての中計と経営企画常設化の違い
    2. 「中計で決めるべきこと」が変わった
  4. 組織戦略は「中計の中」だけでは語れない
    1. 組織変革における時間軸の多層化
    2. 短期・中期・長期を貫く組織戦略とは
  5. 中計をどう活かすか──2つの視点
    1. 「投資判断のための計画」として割り切る選択肢
    2. 経営幹部や社員を巻き込む「対話の起点」としての中計

なぜいま「中期経営計画」の再定義が必要なのか

1-1. 中期という時間軸が持つ意味の変化

「中期経営計画(以下、中計)」はこれまで、長期ビジョンと単年度予算の中間に位置づけられ、事業戦略の道筋を具体化するための重要な計画でした。特に日本企業においては、3〜5年の中計サイクルを通じて、数値目標と重点施策を設定し、組織全体の行動を方向づける役割を果たしてきました。

しかし、近年の環境変化のスピードはかつてないほど加速しています。テクノロジーの進化、社会価値の多様化、地政学的リスクの高まりなどにより、予測可能な範囲が極端に狭まってきました。こうした状況下で、5年後の世界を具体的に描き、そのための戦略を今定めるという「従来型の中計」のアプローチに対し、現場や経営者の間で疑念が高まっています。

その一方で、このように変化が激しい時代だからこそ、「中期」という期間設定が持つ価値に改めて注目が集まっています。中計は、短期的な業績管理と長期的なビジョンとのあいだを接続する“橋渡し”の役割を担うものです。不確実性が高いからこそ、「今何を見極め、どこに布石を打つべきか」という戦略的な視座が必要とされており、中計はその思考の枠組みとして再評価されつつあるのです。

1-2. 不確実性の時代における中計の限界と可能性

一方で、こうした再評価の動きとは裏腹に、中計に対する現場の温度感には温度差があります。とりわけ、定量的な数値計画においては「本当にこの精度で見通しを立てる意味があるのか」という声が根強く存在します。中計策定にかける工数は決して少なくなく、精緻な数字の積み上げには現場の膨大なリソースが割かれます。しかし、その負担に見合うほどの経営成果や戦略的示唆が得られているかと問われれば、必ずしも肯定的な回答が返ってくるわけではありません。

こうしたジレンマに直面する中で、いま求められているのは、「精緻な計画で未来を予測すること」から「変化を前提にした思考と柔軟な意思決定のための枠組み」として中計を捉え直す視点です。未来を確定的に予測するのではなく、「将来の方向性に対する仮説と布石」を設定し、そこから得られる兆しに対して柔軟に舵を切れるようにする。そのような“戦略的思考装置”としての中計への転換が、いま再定義として求められているのです。

「中計=数値目標」から脱却するために

2-1. 数値の精緻化が目的化してしまう罠

中計策定の現場では、多くの時間が数値目標の積み上げに費やされがちです。部門別の売上目標、コスト構造、投資回収見込──それらを組み合わせて全社のPL・BSを整える。確かに、計画は数字なしには語れません。しかし、いつのまにか「数字を作ること」そのものが目的化し、「何を目指すための数値か」という視点が置き去りにされる場面が散見されます。

さらに近年では、市場の専門化・複雑化により、前提条件の設定そのものが難しくなっています。特定分野では、技術革新や競合の参入によって、半年先の環境すら予見困難なケースも珍しくありません。そのような中で3~5年先の数値を積み上げることは、現場の負担を増やす一方で、成果への還元が見えづらくなっているのです。

このような現実を受けて、経営企画部門の中でも「数字よりもストーリー重視」の潮流が出てきています。将来の不確実性を前提とするならば、「どのような変化に備えるか」「どの領域に布石を打つか」という仮説と意思が先にあり、その後にそれを支える形で数値が整理されるべきなのです。

2-2. 「戦略仮説の明文化」としての中計

こうした状況を受けて、従来の「詳細な数値目標の積み上げ型」から、「戦略仮説の明文化型」へと中計の性質を転換させる動きが進んでいます。たとえば、以下のような問いが中心になります。

● この3年間で何を見極めたいのか
● そのために、どの領域に先行投資するのか
● 変化の兆しをどのように捉え、軌道修正する準備をしておくか

このような問いをもとに、1年目には何を試し、2年目で何を検証し、3年目でどのような形で収益化・制度化していくか──。中計を仮説検証の枠組みとして活用することで、「戦略の可視化」と「関係者の認識合わせ」が格段に進みます。

中計の価値は、数字の正確さだけではありません。むしろ、経営陣が不確実な未来に対して「何を大事に考えているのか」「何を優先して進めようとしているのか」を明文化し、組織内外に対して一貫したメッセージを伝えることにこそあります。

2-3. 組織全体の意思形成プロセスとして捉える

中計の再定義とは、単なる計画の書き換えではなく、「組織として何にコミットするのか」を明確にする行為でもあります。したがって、経営陣だけで完結するのではなく、できる限り早期の段階から現場・部門との対話を進めることが重要です。

たとえば、初期段階では方向性のみを共有し、「どのような仮説を立てるべきか」について現場からのインプットを得る。その後、部門ごとに仮説検証の小テーマを設定し、中計の中で「組織横断的な試行領域」として位置づけていく。こうしたプロセス自体が、組織の納得感を醸成し、実行力を高める重要な土台となります。

中長期テーマを扱う組織の常設化がもたらす変化

3-1. かつての中計と経営企画常設化の違い

かつて中期経営計画(以下、中計)は、3年ごとの計画策定プロジェクトという「イベント型」で運用されるケースが一般的でした。経営トップと限られた担当者が、戦略や数値目標を数カ月かけて詰め、役員会や全社発表をもって「中計を作った」とする形式が多く見られました。

このような運用では、中長期視点の検討が断続的かつ一時的になりがちであり、策定フェーズが終われば日常業務へと意識が戻ってしまう構造でした。結果として、策定された中計が現場の行動に結びつかず、「絵に描いた餅」になるリスクが高まっていました。

これに対して近年、多くの企業が経営企画部門の強化や戦略部門の新設を進め、「中長期テーマを常時扱う体制」への移行を図っています。この変化により、中長期視点の戦略テーマが経営の常設課題となり、計画の策定・実行・修正が連続性を持って進むようになってきました。

3-2. 「中計で決めるべきこと」が変わった

中長期を見据える体制が常設化された結果、企業にとって「中計でわざわざ決めるべきこと」は変化しつつあります。以前は、中計が経営戦略の議論と意思決定の「唯一の場」であり、ここで次の3年間の重点テーマや投資対象を一気に決める必要がありました。

しかし、経営企画部門が常に中長期課題をモニタリング・分析・議論している現在では、計画のサイクル外でも柔軟に重要テーマが検討・進行しているケースが増えています。このため、中計における意思決定の役割は、「ある一時点で一斉に方向性を定める場」から、「複数ある中長期テーマに対して優先度や投資リソースの配分を整理し、全社で共有する場」へと変わってきています。

言い換えれば、中計が扱うべきテーマは「すでに動いている複数の戦略の整理と選択」であり、ゼロから全てを決めるものではなくなっているのです。その分、従来よりも「経営全体の整合性」や「実行体制の優先順位づけ」といった、構造整理の視点が重視されるようになってきています。

この変化を前提とすれば、中計はむしろ「動いている戦略を全社の納得感ある形に整える場」として位置づけ直す必要があるといえるでしょう。

組織戦略は「中計の中」だけでは語れない

4-1. 組織変革における時間軸の多層化

かつての中期経営計画(中計)では、事業戦略と並列して「組織戦略」も位置づけられ、3年スパンの中で人材開発・組織体制・評価制度といった施策が整理されてきました。しかし、近年はこの「3年」という期間の中だけで組織戦略を設計・推進することの限界が浮き彫りになっています。

組織戦略には、短期で対応すべき施策と、長期的な視野で継続的に取り組むべきテーマが混在しています。たとえば、人事制度の改定やリスキリング支援といった施策は中計の期間内に具体的な成果が求められますが、一方で、組織文化の変革や価値観の浸透、経営人材の育成といったテーマは5年、10年単位での継続が必要です。

このように、組織戦略には「時間軸の多層化」が必要不可欠です。単年計画では捉えきれず、中計の3年枠だけでは設計できず、かといって長期ビジョンだけでは現場が動かない。中計は、この短期・中期・長期という複数の時間スパンをどう重ね合わせるかを整理する“接続の場”としての役割が強まっているのです。

4-2. 短期・中期・長期を貫く組織戦略とは

では、こうした時間軸の異なる組織戦略をいかに統合し、中計の中で取り扱うべきか──。鍵となるのは、以下の3層構造です。

  1. 短期:現場課題の解決と即効性のある人材施策
    例:営業部門のKPI再設定、1on1の仕組み導入、人事制度の運用改善など。
  2. 中期:構造変革や新陳代謝を伴う改革テーマ
    例:マネジメント層の入替や強化、組織再編、DX推進に伴う人材再配置など。
  3. 長期:価値観や文化の浸透、経営人材の育成
    例:企業理念の再定義と浸透、次世代幹部候補の育成、リーダーシップ行動の定着など。

この3つは本来、分断して語られるべきではありません。例えば、短期の制度変更は中期の構造変革の足場となり、長期の人材育成は中期改革の推進役を担うはずです。したがって、中計ではこの3層の連動性をどう設計するか、時間軸の「連続性」と「整合性」を丁寧に描くことが求められます。

また、こうした多層構造の中で特に重要なのが、「現場と経営の接点」をどこに置くかという設計です。現場起点の課題意識と、経営起点の長期テーマがかみ合わなければ、組織戦略は空回りしやすくなります。中計という枠組みの中で、双方の目線を橋渡しする役割こそ、今後の組織戦略の中核をなすといえるでしょう。

組織の変化が「戦略の実行力」を支える時代において、もはや中計の中に組織戦略を“押し込める”のではなく、中計を“組織戦略が進化する基盤”と捉え直す視点が必要です。

中計をどう活かすか──2つの視点

5-1. 「投資判断のための計画」として割り切る選択肢

不確実性が高まる経営環境において、中期経営計画(中計)をどのように位置づけるかは、企業ごとに戦略的な選択が求められます。その中で有力なアプローチの一つが、「中計を社内外に対する投資判断のためのツール」として割り切る方法です。

このスタンスでは、中計を詳細な数値計画やストーリーとして過剰に作り込むのではなく、成長ドライバーや重点投資テーマを整理し、それに対する資金配分や期待リターンを明示します。IR活動や金融機関との対話の中で、事業の方向性を共有し、資金調達や意思決定の透明性を高める役割を担わせるのです。

このアプローチのメリットは、以下の通りです。

  • 投資家やステークホルダーとの対話がしやすくなる
  • 資金配分の根拠を明確にできる
  • 不確実性の中でも一定の説明責任を果たせる

一方で、当然ながら限界も存在します。組織内部の納得感や自律的な行動変容にはつながりにくく、計画の形骸化を招く可能性もあるため、あくまで“割り切り”としての選択であることを理解する必要があります。

重要なのは、「どのタイミングで」「どの目的で」このスタンスを採るかを経営陣が合意し、全社的に整理したうえで運用することです。特にIPO準備や資金調達フェーズにおいては、有効な選択肢となりえます。

5-2. 経営幹部や社員を巻き込む「対話の起点」としての中計

一方で、中計を企業内部の「対話の起点」として活かすというスタンスも、近年改めて注目を集めています。こちらは、数値目標の達成だけをゴールにせず、「未来に向けて、我々は何を成し遂げたいのか」「どこに資源を集中すべきか」といった、本質的な議論を促すためのツールとして中計を活用する考え方です。

このアプローチでは、中計の策定プロセスそのものが重要になります。経営層だけで完結せず、事業部門・機能部門のマネジメント層や現場の意見を反映しながら構想を練り上げることで、「中計=経営の想いが込められた対話の素材」として活用されていきます。

このような中計の運用は、次のような効果をもたらします。

  • 経営の方向性に対する理解と共感の醸成
  • 現場での自律的な戦略実行の後押し
  • サイロ化した組織間の対話と連携の促進

特に、不確実性が高く「答えがない時代」においては、経営幹部と社員が未来を構想しながら共創していくプロセス自体が、組織の力となります。中計は単なる計画ではなく、「思考のためのフレーム」「問いを立てるための土台」へと進化するのです。

もちろん、こうした中計は策定・運用に時間や労力がかかるため、全社的な巻き込みを図るには十分なリーダーシップとファシリテーションが求められます。それでも、変化の激しい時代だからこそ、未来への対話を促すプラットフォームとしての中計の価値は、今後ますます高まっていくでしょう。

おわりに──中計に「意味」を与えるのは、企業自身である

中期経営計画は、もはや「作ること」が目的ではなくなっています。市場の変化が激しく、不確実性が高まる現代において、「3年後、5年後をどう見通すのか」という問い自体がかつてよりも難易度を増しています。だからこそ、中計は「変化を前提とした経営の土台」として、その価値を再定義する必要があります。

中計を“計画”として割り切り、投資家や社外ステークホルダーに対する説明責任を果たす──この選択も、目的とフェーズに応じては極めて合理的です。一方で、組織内部の対話を深め、未来に向けた意思を結集する「起点」として中計を活かすことも、これまで以上に重要になっています。

さらに、経営企画機能の常設化により、中長期テーマが日常的に検討されるようになった現在、中計が担うべき役割も変化しています。計画の中で全てを詰め込むのではなく、「何をあえて決めるのか」「何を柔軟に持ち越すのか」といった判断が求められる時代です。

また、組織戦略においても、中計の枠内に収まるテーマばかりではありません。短期的な組織適応と、中長期的な変革の視点を統合する必要がある中で、中計はあくまで“部分”であると同時に、経営全体の方向性を結ぶ「接合点」でもあります。

結局のところ、中期経営計画に「意味」を与えるのは、経営陣のスタンスと意思決定のあり方です。策定の目的を明確にし、現実に即した形で計画を柔軟に運用することで、中計は組織を縛るものではなく、企業の“未来を描く力”を引き出すためのフレームとなるはずです。

「中計を、どのように活かすか」──この問いに明確な正解はありません。しかし、正解がないからこそ、各社が自らの文脈で中計を設計し、自社に合った意味と役割を与えていくことが、これからの経営における最も重要な意思決定の一つになるでしょう。